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サキャ派ラマ クンガ・ニンポ 2009年10月8日更新

サキャ派ラマ クンガ・ニンポ

【和:
【中:
面白テーマ|彫刻・書画|>サキャ派ラマ クンガ・ニンポ

チベット、ツァン地方、ゴル寺
1429年頃
綿布着色
114.1×94cm
個人蔵
この巨大なタンカは、1429年に創建されたツァンのゴル寺からトゥッチによってもたらされたものである。トゥッチによれば、創建者ギャルワ・ドルジェ・チャン・クンガ・サンポ(1382-1457)が芸術家たちを招いて寺を荘厳させたという。クンガ・サンポの年譜によれば、彼は高い語学水準を伝達した祖師たちの絵画群を発願した。トゥッチはこの作品をおそらくその絵画群のなかの1点ではないかとみており、彼の絵画コレクションのなかで最も重要な作品と考えていた。
 この作品は、初期サキャ派五大先師の第1、サチェン・クンガ・ニンポ(1092-1158)の肖像である。彼の父クン・クンチョク・ギャルポは1073年にサキャ寺を創建し、新たな宗派をたてた。それはガーヤダラによって伝えられ、ドクミ訳経官によって翻訳されたヴィルーパの教え「道果説」に基盤をおいた宗派である。クンチョク・ギャルポはサキャ派の座主を神聖家系クン一族の世襲としたので、サキャ派の伝統は、俗人としても、また聖職者としても受け継がれた。クンガ・ニンポは観音菩薩の生まれ変わりと信じられており、文殊と大成就者ヴィルーパの特別な導きを受けた。ヴィルーパはクンガ・ニンポの精神修養の最も重大な時期に、暗い茶色の姿で一ケ月のあいだ彼のもとを訪れたという。
 威厳があり、優しさがあり、かなり歳をとっている姿のこの高名なラマの像は、赤と緑で描かれた蓮華座に結跏跌坐しており、蓮華座は下地の盛り上げに金を押した装飾が施された二層の台座にのっている。彼の手は説法の印を結び、両手で青い花をつける蓮の細い茎を持っており、右手の蓮華の上には金剛杵(不屈の力と慈悲の神秘的象徴)、左手の蓮華の上には金剛鈴(ghanta、智慧の神秘的象徴)をのせている。これらの法具も盛り上げに 金を押して表現されており、この二つが同時にあらわされることによって智慧と慈悲の一体化を象徴しているのである。クンガ・ニンポは淡い灰青色の衣を着て、金で幾何学的なデザインを施した輝く帯を締めている。静かに彼の体を包みこむ暗灰色の毛皮の裏地をつけた小麦色の柔らかい座衣は、流れるような曲線で線対称の形をなす。チベットに発祥したこの種の外衣はダガム(dagam)と呼ばれ、寒冷な気候のなかで瞑想するときに座って使う寝袋の一種である。外衣の色彩とデリケートな花文の装飾は、14-15世紀前期の絵画にみられるものよりもさらに抑制された柔らかい表現である。複雑な渦巻き状の花文で埋め尽くされた光背は人物の肌色の陰影、質素な衣の柔らかな色彩のトーンと好対照をなす。頭上には孔雀の羽でできた天蓋があり、その下にはリボンがはためき、上には底の平らな超現実的な雲がある。雲の左右の供物を捧げた神は、中国北西、敦煌にある仏教石窟の壁画によくみられる供養天人に近いものを受け継いでいる。
 暗い群青色に塗られた画面の背景は、自由で生き生きとした、繊細で自然な感じの花々と葉・茎で飾られている。クンガ・ニンポの左右には、唐草が円環の連続をなし、その中にラマや天成就者、神が描かれ、それぞれに名前の書き込みがある。身体の色が茶色であることによって特にクンガ・ニンポとの関係をあらわしている、サキャ派にとって最も重要な大成就者ヴィルーパと、クンガ・ニンポが12歳のときにあらわれて特別な言葉をかけた智慧の菩薩文殊は、ラマの支持する金剛杵と金剛鈴の真上の目立つ位置に配されている。画面下部の両隅には、世界の支配者のもつ七つの宝とハつの幸運の印があるが、それらはきわめて小さな像やシンボルを内包する小円からなる樹木として、花瓶から芽吹いている。
 主尊の崇高さと肖像における人格表現がこの絵画を支配している。これは蓮華座と宝石をちりばめた金銅製浮き彫りの台座の華麗さと好対照を成し、強烈な赤の背景のうえの円環状の唐草文、花のモチーフの繊細さとも対照的である。この絵はこのようなさまざまな要素からなりつつも、調和と統一感をたたえている。この作品における最も傑出した点のひとつは、主尊にみられる特筆すべき自然主義的傾向および人格の表出にある。彼の大きな頭部と手足は、彼の寛容さと優しさを際だたせる。特に手の表現などにみられる、これらの特色を示す微妙な造形は、15世紀中期に始まったばかりの初期イタリア・ルネサンス絵画にあらわれるある種確固とした、同時に柔らかい自然主義的な効果を生みだしている。クンガ・ニンポの衣における淡い青と抑制された辛子色という特異な色彩も、伝統的なチベット絵画よりは、初期イタリア・ルネサンス絵画に典型的なものである。モンゴル帝国時代のチベット人とヨーロッパ人の交流、インド、ネパール、中国、中央アジアにまで広がって進行したチベット人の交易範囲の広さ、異文化から有益なものを吸収するチベット人の特性といったものを考慮すれば、チベット美術が近隣の国々だけでなく、西洋からアジアにもたらされた美術にも触発されたと考えることは不可能ではない。この作品は1429年頃に制作されたことがわかるので、チベット絵画の編年における重要な要素となる。15世紀第2四半期に制作されたギャンツェにあるクンブム寺の壁画のスタイルと並行するタンカの遺品なのである。出所:天空の秘宝チベット密教美術展 2009.09.19更新
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