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阿羅漢ヴァナヴァーシン 2009年9月24日更新

阿羅漢ヴァナヴァーシン

【和:
【中:
面白テーマ|彫刻・書画|>阿羅漢ヴァナヴァーシン

チベット中央部、おそらくツァン地方
14世紀
綿布着色
71.1×53.3cm
個人蔵
本図は、チベット美術の初期の阿羅漢の絵の中でも、最も重要で見事な作例のひとつである。陽気な微笑みを浮かべ、青い目をした、一見すると活発に講話が進んでいる様子の阿羅漢の大きな画像は、祠堂のような印象的な形の座からぼんやりと姿があらわれている。彼がまとっている布を縫い合わせた大変美しい赤い袈裟は、最高の技術で描かれている。布のそれぞれに濃い赤色で複雑な花の文様があり、体の上を放射状にゆるやかに流れるような動きに連動するよう、注意深く描かれている。袈裟には、緑色の緑と、紫の裏地が描かれており、2本の平行線であらわされた折り目のある暗色の部分とともに、控え目だが興味深い効果を与えている。群青色の下衣もまた紫の裏地をともなっているが、腰より高い位置に引き上げられ細い紐で結ばれている。それはのぞいている右足の上に、うまくかたどられた幅広の襞と、不規則な曲線を描いて鋭い形をつくって垂れている。右手は、親指と中指をつけ、掌を上にして膝の上になにげない感じで置いている。左手は、金色の、ヤクの尾でできた蝿払いの払子を優雅に持つが、その繊細な毛は、衣の上を薄く透けるベールのようにうねって、彼自身の頭髪の軽く柔らかい触感と響きあっている。手は繊細で小さく、本図で最も魅力があり雰囲気を決めている大きな頭部と劇的な対比をなしている。頭部の、大きさや明るい色彩、そして角張った形が、その印象深い風貌と結びついて、本図を非常に独特な肖像画としている。
 中央の赤色の部分の周囲は、阿羅漢の祠堂のような形の背地と、空想的な風景であり、主として青と緑となっている。さまざまな種類の鳥や動物や、風車の形をした花が濃淡の緑の丸い丘に点在している。2人の僧形の侍者が、阿羅漢の両側で、1人は本を持ち、もう1人は珍しいポーズをして伸びをしている。彼等は阿羅漢と比べると、不自然なまでに小さく描かれることによって、下位に位置付けられているが、それは阿羅漢の左ひじの近くにいる、変わった服装をした者も同様である。この像は、おそらく異国人か神のようなもので、足取りも軽く丘を越えており、腰を曲げ手を重ねて阿羅漢を見上げている。彼は視覚的に、反対側にいる大きなバクのような鹿と、呼応していて、その鹿も阿羅漢の手に向かって頭を上げ体をのばしている。下部の端には、阿羅漢の濃い色の沓をのせた、シンプルな踏床がある。ミロの絵のような奇抜な花、薄紫色の鳥、宝石の鎖が、丘の上に浮かび漂い、球状の木々に美を添えている。
上部の空間では、壮麗な祠堂のような形が目を奪う。それには2層になった屋根がつき、形のよい濃い緑と青のタイルが覆っている。2人の少年のような、おそらく夜叉が、下の層の屋根の軒を支えている。彼等は厚い楣(入り口の上の横木)の上に立っているが、それは、阿羅漢の頭部へ焦点が集まるような働きを強める、シャープな刻み目のある形をした、手の込んだ金の飾りで装飾されている。青い鱗、赤い背びれ、緑の顎鬚を持つ茶目っ気のある龍が、柱に巻き付いている。上の層の屋根の両側では、幡をもった小さな僧侶が、下方からふわりと浮かんでいる色とりどりの渦巻いて重なった雲の上にひざまずいている。一組ずつの女尊が、七色の輪の中にいて、上部の隅を効果的に枠取り、強めている。
 ロサンゼルス・カウンティ美術館の阿羅漢図に多くの点、特に元代の仏画のモニュメンタルな構成法が反映している点が似ているものの、様式は少々異なっている。厚く彩色された平面、侍者があまり目立たないこと、そして若干色数が抑えられているという特徴が強い。しかしながら、線のテクニックや、構成法、造形は、基本的に類似している。おそらく本図は、ロサンゼルス・カウンティ美術館の阿羅漢図より少し後の制作になるものと位置付けられ、それはおそらく14世紀後半頃ではないかと思われる。ここには中国とインド・ネパールの要素の興味深い混合が見受けられるが、結局はチベットのものであることが明らかである。シンプルな丸い丘や、濃く太い線でかたどられた木の形は、インド・ネパール様式の風景画と関係があり、中国の風景画の伝統にはないものである。顔の頬の線から出て描かれだ離れた目″は、8世紀のインド美術によく知られたスタイルである。中国の要素であることが最も目立つのは、阿羅漢の衣の、ゆるやかで流れるような襞であるが、モデリングのテクニックと形については、中国風の表現の特色でもなく、そして影のつけ方も中国風ではない。中国タイプの外観をした、祠堂の形の椅子の背に見られる建築物の形は、特に興味深い。これはおそらく、サキャ派クンガ・リンチェン編纂によるチベット語の文献に、チベットの阿羅漢の描写に見られる中国様式の形として記されている゛格子造りの宮殿″であろう。この阿羅漢と同じシリーズがほかに2点知られている。1点はバドラ、もう1点はロサンゼルス・カウンティ美術館所蔵のカナカヴァトゥサである。両者とも゛格子造りの宮殿″のタイプだけでなく、角に円に囲まれた尊格が一組描かれていて、このシリーズの著しい特徴となっている。
 この阿羅漢の尊名として、最も可能性があるのはヴァナヴァーシンである。払子を持つ姿に通例あらわされる3人の阿羅漢の中でも、この像に最も近いのはヴァナヴァーシンであろう。この比定に関しては、エルズワースの阿羅漢を参照されたい。
 ヴァナヴァーシンは、仏典によれば森に住む阿羅漢として知られる。一般に、インド中央部のシュラヴァスティーにあるサプタパルナ(七葉樹)山の近くの森に住んでいるといわれ、アティーシャの賛歌では、彼はヴィデーハに住んでいるといわれているが、それは、我々の世界を取り囲んでいる四大陸のひとつであるという。釈迦牟尼仏陀は、彼と森で出会い、僧となるよう定めた。このタンカの背景に動物のいる森が見られるのは、このことによるのである。仏陀はヴァナヴァーシンを゛最も秀れた隠遁僧″と呼んだ。このタンカには、数箇所に小さな修復跡があり、特に左側の損傷部分が目立つものの、チベット美術に見られる初期の阿羅漢の表現の中でも、最も偉大なる遺宝である。出所:天空の秘宝チベット密教美術展 2009.09.19更新
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